2005年2月26日

●凍ってく~/ゲゲ~ン...(TT)

 1月の27日(木)から30日(日)の予定で、大阪→滋賀→広島へ愛車のNürを駆って出張に行ってきました。

 27日(木)の早朝6時に自宅を発ち、コンビニとガソリンスタンドに立ち寄り6時20分に関越所沢ICから高速入り。大阪までのルートを関越道→上信越道→長野道→中央道→名神高速にとった。関越道はそれなりの交通量でしたが、上信越道に入るとグッと交通量も減り6速3000rpm前後でクルージングモードに入って快適に走行していました。妙義山を過ぎ、軽井沢ICを過ぎて長~いトンネル群を抜けて間もなく、フロントウィンドウの汚れが気になりはじめ、ウォッシャー液を噴射してクリーンに!!... 「ん? エッ? ゲゲッ!! ウォッシャー液がフロントウィンドウにまとわり付いてる!!」 一瞬何が起こったのか分からず、奇跡でも見たような気分になり、ワイパーを高速モードで動作させるも効果無く... のわんと、ウォッシャー液が凍り付いてる~ しかも、ワイパーで拡げられた状態で、フロントウィンドウの大部分がウォッシャー液で凍結状態に... この時の状態は、外気温氷点下10度(車載の外気温計による)、朝日を真正面から受けた逆光(非常にまぶしい)で道路は高速にしては結構なクネクネ道、車速は約○60km/h。他に車がいなくて良かった~と思いつつ、徐々に車速を落としてデフロスタをオンにしてウィンドウを暖めモードに。その間、凍結していない隙間から前をのぞいて車線をキープ。徐々に凍結がワイパーではぎ取られ事なきを得ました。私はウィンドウのコーティング剤(雨をはじくアレね)が取れちゃうのを嫌ってウォッシャー液を薄い状態で使うのが常だったのですが、これが災いしてしまった事件ですね。次の給油停車ではウォッシャー液を補充して濃度を上げたのは言うまでもありませんが、寒冷地初心者が暴露されてしまった出来事でした。

 その後は特に恐い思いやハッとするようなことはなく、所沢ICから約5時間で無事に大阪駅近くの目的地に到着。途中の名神高速では岐阜県警の車両と併走するもカーロケ探知機が反応せず。「ん?岐阜県警はカーロケ使ってないのか? それとも最新のデジタルカーロケに既に移行しているのか?」との思いも、この時深く考えず、あとでとんでもないことになることなど夢にも思っていない自分でした...


 大阪での打ち合わせを終え、旧友の立命館大学助教授のMKに会うため滋賀県草津市にあるクサツエストピアホテルに。このホテル、リーガロイヤルグループのホテルでなかなか良いホテルですが、楽天トラベルで予約をするとビジネスホテル並の料金で泊まれるんですね。こんなところにデジタルデバイドを発見してしまいました。 旅行代理店で予約すると1万円超えますからね。部屋もツインルームのシングルユースで広々使えました。 四半世紀ぶりに会ったMKはちょっと老けただけで当時そのまま。とは言え、インディアナジョーンズを少しだけ思わせる風貌だったのと、教育者らしい話しぶりになったところは昔と違いましたが...

 翌日チェックアウト後に名神高速→中国道のルートで広島へ。冬の中国道は雪に注意しなきゃなりませんが、雪が無ければ交通量がほとんど無いに近いので、山陽道よりも良いですね。高速道路で一番気を使う追い越しがめったにありませんから、終始リラックスして走れます。トラックもほとんどが山陽道を利用しているようですしね。往路の中国道で最後に給油した帝釈峡SAのGSのおじさんが「冬の中国道は走っちゃいけんよ!(駄目ですよ) 帰りは山陽道にしんさい!(したほうがいいですよ)」とアドバイスくれましたが、んなこと言ったらお客さん少なくなっちゃうじゃないって思ったのは私だけかもしれません。 とっても親切なおじさんでした。次また来た時も帝釈峡で給油しますからね~

 広島で2泊した後、午後1時30分くらいに広島を発ち一路自宅へ。どうも寒波が到来しているようで途中雪の予報がちらほらとあり、どのルートで帰るか非常に悩みました。そう、私の車は雪に非常に弱いのです。スタッドレスタイヤを履くような車じゃないですし、超扁平タイヤなのでチェーンは装着できません。装着しても横にずれちゃってドライブシャフトなんかに絡まったら車を傷つけちゃうんですね。ですからチェーン規制が出てしまうと走行することは出来ないのです。雪が少しでも積もれば氷の上を走っているような状態になってしまって、ブレーキは全くと言って良いほど効きません。ですので、雪の予報には神経を使っちゃいましたが、なんと名神高速の関ヶ原付近は雪が降る予報になっています。ここだけは避けて通れないところなんですよね~ 広島を出発直前に日本道路公団のホームページで規制情報を確認。幸いにも往路で利用したルートには速度規制も含めて出ていませんでした。ということで、往路を逆に辿るルートで自宅に向かうことにしました。ちなみに復路は家族が一緒。ですので、スピードは往路よりも抑え気味、休憩も頻繁にとっての行軍となりました。途中、中国道で雪が降ってきましたが降り積もることなく無事通過、名神高速の養老SAに着く頃には日も暮れて非常に寒くなっていました。早めの夕食を摂り十分休息し、次の休憩予定の恵那渓SA(中央道)へ。日が暮れてるのに、皆さん結構スピード出しますね~ 140km/h平均で追い越し車線を複数の前走車に追従して中央道へ。途中のPAで前走車が皆PAに入っちゃったので、それからは単独走行となったのが運の尽き!? 瑞浪市付近を走行中に遙か後方(ほんとに遙か彼方です)でパッシングする緊急車両が出現。結構、後方は気にして走っていましたが、回転灯点灯とほぼ同時にパッシングで、最低でも500m以上は離れていたはず。なので取り締まり車だとは思わず、そのまま左車線で追い抜かせるために急減速。そのまま待っていると追いついてきて、なんと横について併走するじゃないですか。「ヤベ!」と思ったのも後の祭り。パトの後に追従させられてバス停で停車。やられちゃいました!!

 白の覆面パト(トヨタのクラウン)の後部座席に移動させられ話しを聞きましたが、左車線を走る覆面パトを追い越したらしく、「凄い勢いで走っていきましたね~ 追いつくのに大変でしたよ~」って笑われちゃいました。 追いついてないじゃん!! 全然追いついてないよ!! 遙か彼方後方で回転灯回してパッシングしたから追いつけたんじゃん!! そもそも、速度計測も追走してないんだから出来てないじゃん!! そんな何百メートルも後方から追いかけて、それで速度計測したって言うの?? そんなの証拠に適用できないよ!! と思いつつ、「何キロ出してか分かります?」との警官の問いに我に返り、「う~ん、たぶん140km/hくらい」と正直に答える私。 「何キロで記録されてるのかドキドキされてるでしょうが、見て頂けますか?」と助手席の警官が言い、ボタンを押す。日付、時間、速度の順に現れ、計測速度は119キロ。「パッシングしたら直ぐに左に入られて減速されたのでこの数値になりましたけどね...」だって。「あと1キロ速かったら即免停で10万円の罰金コースでしたよ」だって... そして、そんな言葉にのせられてホッとする馬鹿な自分。 「あぁ、まけてくれたわ、助かった...」と思っちゃうんですからね。でも、本当なら140キロは軽く超えてましたからね、80キロ規制のところを... ホッとする気持ちは誰でもありますよね。でも、悔しいですね~。まぁ、自業自得です。 これが頂いたブルーチケットです。 家族を乗せて運転する時にはくれぐれも気をつけましょう。非常に格好悪い父親になってしまいます。

 それにしても、この時の覆面パトもカーロケ探知機には全く反応せず。青切符を切られる間、覆面パトの直後に両車ともエンジンをかけたまま停車していましたが、家内曰く、「全然反応してなかったよ。壊れてるんじゃない? コレ」だって... 往路で遭遇した白黒パトも復路での覆面パトもカーロケ探知機には反応しなかったと言うことは、岐阜県警はカーロケシステムを搭載していないんでしょうかね? それとも次世代のデジタルカーロケシステムを採用してるんでしょうかね? 今後はもっと気をつけることにしよ...

 その後の復路は抑え気味に走行して(出しても140キロね)無事帰宅しました(全走行距離2270キロ)が、高速道路での速度って結構あがってませんかね? もちろん、交通量の多いところでは私自身流れに乗って走るだけですが、時々走行車線の車を追い越すような交通量の場合どうです? 結構スピード出してますよね。高速道路が整備され始めた頃(つまり法定速度が設定された当時)の自動車の性能と今の自動車では走行性能と安全性能には格段の差がありますし、ヨーロッパでは速度無制限のアウトバーンさえありますからね。日本の高速道路の制限速度がいまだに100キロっていうのは遅すぎないですかね? 80キロの区間を100キロに、100キロの区間を120キロくらいに上げても良いんじゃないでしょうかね?

 と、当面は反省モードに入る私でした...

Posted by yama at 2005年2月26日 20:25
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